京都東寺の西、江房CōBōホステル【日本酒と本藍染が同じ建物で生きる】

京都府京都市南区唐橋高田町30番地12 電話075−203−1196

本藍染藤妄研究所では、

天然灰汁醗酵建てという江戸時代​から伝わる

伝統技法を用いて染色しております。

国選定 阿波藍製造無形文化財、国指定卓越技術者、

現代の名工佐藤阿波藍製造所19代目藍師 佐藤昭人氏が製造する「すくも」と

「日本酒」「灰汁」「石灰」「麩」「水」のみを材料とし8日間かけ藍建てをします。

そのあとは毎日休まずお世話して藍の命いただきながら​染めております。

  本藍染藤妄研究所では平安時代に端を発し、

江戸時代に完成した天然灰汁発酵建て (てんねんあくはっこうだて)という伝統技法を用いて藍建を行っております。

藍建というのは藍染するために必要な染め液を作る工程のことを言います。

  藍建では、原料である蓼藍を醗酵させできる「蒅」

カシの木灰を熱湯で溶かし一日 寝かしてとれる上澄み液の「灰汁」、高温で焼かれた「石灰」

栄養分とお清めのための 「日本酒」、牛さんの餌にもなる小麦の皮「麩」「水」

この六種類の材料をそれぞれ決まったタイミングで八日の間に藍甕へ入れます。

その八日間は藍染生活のかかった大事な期間です、朝昼夕晩と欠かさずお世話をしています。

手間暇かけて出来上がった藍染液も毎日お世話しながら染めさせてもらいます。   

  ここでは徳島上板町にある佐藤家の蒅を使わせていただいてます。

国選定 阿波藍製造無形文化財、国指定 卓越技術者 現代の名工 佐藤阿波藍製造所、十九代目藍師 佐藤昭人氏が

製造する蒅、天然灰汁醗酵建てするのには欠かせません。   

太平洋戦争時に蒅の素である蓼藍(たであい)が禁止作物になりました。

藍師である佐藤阿波藍製造所十七代目 佐藤平助氏が憲兵から隠れ必死に守った蓼藍。

その蓼藍が蒅になるには300日かかります。

三月上旬には蒔種。約一ヶ月後、間引きを行ない、五月頃になると20cmほどに 成長した苗を本畑に移します。

七月下旬頃花の出る直前の葉を刈り、刈り取った葉を 天日で乾燥させ細かく切断します。

その後、風に舞わせて葉と茎に分けます(藍粉成し)。

九月頃、この乾燥された藍に水を打っては切り返す工程を行ない、醗酵させます。

この切り返しを20回程行ない、100日間かけて蒅となります。

         蒅を作る「藍師」  

         蒅で染める「藍染師」

  このように時間と手間をかけて作られた「すくも」、1gも無駄にはできません、

粗末にも扱いたくありません。藍染師は藍師を思い、祖先を思い染めます。

  

  藍染の中の部分も知っていただけると嬉しい限りです。   

  

  天然灰汁醗酵建ての生地というのは染める前よりも丈夫になり防虫・抗菌効果も あらわれます。

昔は箪笥の一段一段に藍染のものを入れておくことで防虫をはかったり、

大切なものを藍染の風呂敷で包んでおいたりしていました。

また山や畑へでかける際 には藍染の野良着に着替え、蛇や虫から身を守りました。

旅に出かける時には常備薬 として藍玉と呼ばれる蒅のカケラを懐に入れ、

旅の最中に具合が悪くなれば それをひとかじりし、飯を買うお金がなくなればお金の代わりに藍玉を出しました。

戦争のあった時代には武士が下着や足袋を藍染のものに することで汗疹を防ぎ熱を外に出すよう工夫をしてました。

汗疹アトピーの方、肌の敏感な赤ちゃんには本藍染の良さをより感じられるのではないかなと思います。  

  あまり深くまで知られていない本藍染ですが、昔々から人々の身近にありました。

  人は藍に守られて今の時代まで来ました。

  今生きる人にも身近に感じて欲しい。

普段の生活に藍を取り入れることで何か自然な感覚が戻ってくると思ってます。

  本藍染藤妄研究所にて行なっている天然灰汁醗酵建ては、

徳島・藍住町の本藍染矢野工場で学びました。本物を残す同志を増やすために藍建ての勉強会を開いています。

今の、これからの私があるのは矢野師匠のおかげです。

藍染の本物を守るべく、私は京都におります、この先ずっと。